史書がつくられたのか。このことについても「あとがき」で司馬さんはハッキリ書いている。
考えてみると、私は現代文学というのをほとんど読んだことがない。特にアメリカ文学はそうだ。イギリスだと、サマセット・モームあたりが最後か。グレアム・グリーンは読んだことがない。カズオ・イシグロなどは、何かの冒頭を数行読んだだけで挫折した。アメリカだと、カート・ヴォネガットやジョン・アービングの作品の映画化は見たが、その原作を読もうという気にはならなかった。
なぜ、それらを読む気にならないか、というと、「文学、あるいは純文学は終わったジャンルである」というのが私の心の底にあるからだと思われる。大衆小説には時々面白いのが出るだろうが、それらにしても、ドストエフスキーやトルストイの小説のように面白いだろうとは思えないのである。現代小説は、過去の小説群の焼き直しにしかならない、ということだ。新しい風俗の描写を入れたところで、過去の名作を超えることにはならない。人間心理の掘り下げも、19世紀から20世紀初頭でほぼし尽くしているだろう。知的レベルでもユーモアでも、現代小説が過去の大文学を上回るとは思えない。
つまり、モームの選んだ「世界の十大小説」を読めば、もはや小説を読む意味はほとんど無い、ということだ。これは私が高校生のころに予感したことだが、まあ、20世紀初頭までは、たとえばバーナード・ショーなども「読んで面白い」小説だった。それが現代小説とどこが違うのか、というのはいい考察課題になりそうだ。
なお、読んで面白いかどうかは別として、1950年代くらいに書かれた(と思うが)「1984年」などが、今でも世界の実相を指摘する深い洞察を示しているのは、そのころまでは西洋知識人にも優れた知性があったということだろうか。その知性の劣化は、神の非存在が明白になったため、西洋人は哲学的考察の習慣を失ったためかもしれない。それは同時に西洋の道徳的劣化をも生んでいる。
なぜ、それらを読む気にならないか、というと、「文学、あるいは純文学は終わったジャンルである」というのが私の心の底にあるからだと思われる。大衆小説には時々面白いのが出るだろうが、それらにしても、ドストエフスキーやトルストイの小説のように面白いだろうとは思えないのである。現代小説は、過去の小説群の焼き直しにしかならない、ということだ。新しい風俗の描写を入れたところで、過去の名作を超えることにはならない。人間心理の掘り下げも、19世紀から20世紀初頭でほぼし尽くしているだろう。知的レベルでもユーモアでも、現代小説が過去の大文学を上回るとは思えない。
つまり、モームの選んだ「世界の十大小説」を読めば、もはや小説を読む意味はほとんど無い、ということだ。これは私が高校生のころに予感したことだが、まあ、20世紀初頭までは、たとえばバーナード・ショーなども「読んで面白い」小説だった。それが現代小説とどこが違うのか、というのはいい考察課題になりそうだ。
なお、読んで面白いかどうかは別として、1950年代くらいに書かれた(と思うが)「1984年」などが、今でも世界の実相を指摘する深い洞察を示しているのは、そのころまでは西洋知識人にも優れた知性があったということだろうか。その知性の劣化は、神の非存在が明白になったため、西洋人は哲学的考察の習慣を失ったためかもしれない。それは同時に西洋の道徳的劣化をも生んでいる。
なぜ、半世紀も前の芥川賞受賞作(作者はその後、何か書いたのか、記憶にもない。)が今頃「はてな匿名ダイアリー」でネタにされるのか、不思議だが、「純文学」というケッタイなものの正体は何か、という問題提起としてみれば、分からないでもない。
私は「月山」は読んでいないが、その評として
憶測の羅列と逡巡の垂れ流し
というのは、何となくそうだろうな、という気がする。いかにも、純文学的で、選考者たちに気に入られそうである。作者の年齢が当時でもかなり高かったというのが逆に選考でプラスになったのではないか。だが、高齢で芥川賞を取った人間がその後まともな作家活動をした例はほとんど無いはずだ。
私は「月山」は読んでいないが、その評として
憶測の羅列と逡巡の垂れ流し
というのは、何となくそうだろうな、という気がする。いかにも、純文学的で、選考者たちに気に入られそうである。作者の年齢が当時でもかなり高かったというのが逆に選考でプラスになったのではないか。だが、高齢で芥川賞を取った人間がその後まともな作家活動をした例はほとんど無いはずだ。
-
俺は森敦の「月山」は辛くて最後まで読めんかった。雪に閉ざされたあの空間のなんとも言えない暗さと意地の悪さやらなんやらリアルで、、地元が田舎だもん。あの感覚が嫌で地元に...
-
文庫版の帯に「生と死が交錯するアナザーワールド」ってあって令和風で笑った
-
芥川賞最高傑作とかいう大嘘を帯にしてたころよりはマシだと思う 会話は半分くらい方言なので人を選ぶ ただ地の文の流麗な敬語と会話文の方言のコントラストはよかった
-
-
「月山」は読み切ったが「こんな憶測の羅列と逡巡の垂れ流しに何の意味があるのか?」と言う私自身の考えが終始頭の中を渦巻いていた。せめて解説を読めば続ける勇気もと思ったが...
内容は「悪魔導士」の話で、当然、悪の描写がほとんどになる予定であるから、18禁とする。まあ、基本的には、書きあがるまで非公開の予定だ。
「悪魔導士」か「悪魔道士」か、どちらの表記にするか迷っている。
「悪魔導士」か「悪魔道士」か、どちらの表記にするか迷っている。
ネット記事で、内容は半藤一利の本の一部である。
なかなか笑える内容だ。
(以下引用)コピーに失敗したが、そのままにする。
なかなか笑える内容だ。
(以下引用)コピーに失敗したが、そのままにする。
いま、伝えられているほど日露戦争は連戦連勝の、そんな圧倒的勝利の戦いがつづいたのではないことを、わたくしたちは歴史的事実として知っている。いずれの戦場においても、それは“辛勝”とよぶのがいちばんふさわしい戦いの連続であったのである。たしかに、日本軍は終始攻勢に出たために戦勝の栄誉をうけることができたが、その損害を比較すればかならずしも有利ならざる状態であったのである。ただひとつ、日本海海戦をのぞいて。
数字をもって示すことにすれば……。陸戦においては遼陽、沙河、奉天を三大会戦という。その戦いの死傷者の総数の日露の比較である。
〈遼陽〉日本軍 二万三七一四名・ロシア軍 一万六五〇〇名
〈沙河〉日本軍 二万〇五七四名・ロシア軍 三万五五〇〇名
〈奉天〉日本軍 七万〇〇六一名・ロシア軍 六万三六四九名
いかがなものか。とくに日本軍にとっては、この死傷者のなかに大隊長、中隊長、小隊長といったイキのいい指揮官が多くふくまれていることが痛手であった。補充がままならないのである。
もちろん、『坂の上の雲』にはこの三大会戦が詳細に物語られている。ただし、小説ゆえに司馬さんはこんな統計を加えて読者の興をそぐようなことはしていない。しかし、そのことはとっくに承知していたことはいうまでもない。
なぜなら、そのことに関連して『坂の上の雲』最終巻の「あとがき」で、司馬さんは痛憤してふれているのである。陸の戦いを書くために参考にした参謀本部編纂の『明治卅七八年日露戦史』全十巻が、いかにインチキなものであることか、それは「明治後日本で発行された最大の愚書であるかもしれない」とまでいい切っている。連戦連勝の威勢のいい話ばかりで、参考にもならなかった、とも。
「戦後の高級軍人に待っているものは爵位をうけたり昇進したり勲章をもらうことであったが、そういうことが一方でおこなわれているときに、もう一方で冷厳な歴史書が編まれるはずがない」
真実、その通りであったのである。高級軍人の出世のために、後世のために大切な戦史の編纂者には上から禁制規定が押しつけられていた。司馬さんは書いていないが、それらは思わず笑わざるをえないほど、アホらしい規定なのである。麗々しく写すのも腹立たしくなるだけながら、あえて、その二つ三つを抜き出してお目にかけることにする(原文は片カナ)。
高等司令部幕僚の執務に関する真相は記述すべからず。
軍隊又は個人の怯惰・失策に類するものは之を明記すべからず。
然れども、為に戦闘に不利結果を来たしたるものは、情況やむを得ずが如く潤飾するか、又は相当の理由を附し、その真相を暴露すべからず。
我軍戦闘力の耗尽もしくは弾薬の欠乏の如きは決して明白ならしむべからず。
こんな馬鹿げた制約を膨大に課せられて、歴史を書けといわれたって……。そう、もし書けるヤツがいるとすれば、それは希代の大ウソつきのみであろう。ないしはデッチ上げの名人ばかり。もう少し官修史書について弁じたいけれども、いいかげんこのくらいにしておく。
***
次のページ
>>>
プロフィール
HN:
冬山想南
性別:
非公開
カテゴリー
最新記事